反消費主義に至るまでの心境について

先般もお知らせしているように我が一家はこれまでの体制を改め新たな思想・体制の下再出発を果たしたところである
今日は、今日の心境に至るまでのことを書くこととする
日本という国は、戦後以降資本主義の考え方が入ってきて資本原理主義・商業主義・消費主義の世の中になっている
安保闘争が終わりイデオロギーが崩壊させられて以降今日に至るまで、この国の民の大半は「お金と世間体が第一」になってしまっているのが現実であり法華講員と雖もその多くがこの悪しき考え方から脱却できていないのが現実である(このことについては記事を改めてもっと詳しく書くこととする)
しかして、我が一家一族もその渦中にあったわけであり、小生もそのような環境で生まれて育ってきた訳である
小生が物心が付いた頃には周り中が皆「お金と世間体が第一」になっていたので、当然にその悪弊を受けて育ってきた訳でありそれは多くの人民も同じである
持たざる者が持てる者や富める者と同じに何でもしようとすれば当然に無理やひずみが出てやがては破綻することになるのであるが、その事は我々の敵である資本原理主義・商業主義・消費主義にとって大変都合が悪いので隠蔽され、学校でも教えていないのだ
然るに、この暮らしている環境の中で至るところに煽り・脅し・プロパガンダが満ち溢れている
そういったものを否応無しに受け入れさせられてきたのだ、あの日までは
20世紀の終わり頃から権力3兄弟は「格差社会」を煽り立てて、次第にそのような変化が浸透していたのだがそのことに誰もが気づかぬうちにそういう世の中になっていたのだ
そうした中、我が一族もそれらに対して疑いを持つことも抗うことも許されず、その濁流に流されるまま来たのだ
その中で、小生も(煽られた)五欲を求めさまようような暮らしに明け暮れていた
しかしながら、その殆どは叶わず次第に余裕がない暮らしに苛まれるようになっていった
そんな中報われず流した涙は数えればきりがないほどだ
しかしながら消費主義やブランド信仰、「お金と世間体第一主義」等の持つ毒は超が10個ぐらい付くほど強力なので、現在の信心に帰伏してもなかなかそこから抜け出せないのだ
そこに加えて多くの敵対者があり、ある者は人格破壊工作に明け暮れ、ある者は交際類似行為で小生の暮らしを破壊しようと企てたのだ
そしてそれらとの闘争に明け暮れることとなり、その中であらゆる物を失い、大きな病にも倒れた
そのような中、なかなか反消費主義の生活に転換できずにあの日まで来たのだ
そしてその日は訪れた…
現在の生活体制はその直前に枠組みが出来、その直後にスタートを切っている
そんな中、これまでの常識が悉く崩れ去る中でさまざまな思想に触れ、またさまざまなことを知るに至り、これまで小生が生きてきた中で是としてきたもの、目指してきたもの、果ては夢や憧れに至るまで総て間違っていたことに気づいたのだ
それは、この国で崇められている拝金主義や世間体主義、お金持ちになることが重要だという考え方が、世界の多くの国で既に古くさくなっていることと大きな関係がある
そして紆余曲折の果てにたどり着いたのが、現在の根本思想である反消費主義である
反消費主義とはなるべく消費をしない、否、消費をさせられないつつましい暮らしをすることである
あえて踏み込んで書くが、お金持ちが偉い、高いものを買えるものが偉い、という考え方は間違っている
「消費社会では、商品を購入する能力で、優劣が決まる」(こちらより引用)とされているが、それは人の道に外れた考え方である
お金とは、即ち両刃の刃なのである
消費社会が間違っているのだから、無理をしてまで富める者や持てる者に追いついたり、それらと同じことをしようとする必要はどこにも無い
どんなに願っても叶わないもの、どんなに追いかけても手が届かないものというのがこの世の中にはあるのだ

翻って、斯様な人格破壊工作や謀略の数々を尽くし今日まで謝罪も賠償もせず無かったことにしたものと思い込み自分のした事を棚に上げてのうのうとしている者がおるが、そのことに対する懺悔も、謝罪も賠償もしないでただで許されようはずは無いのである

言論弾圧

案の定言論弾圧が次第に強められているようだ
正直な話、総務省から弾圧の指示が出ていることは知っていた
「表現の自由に配慮」と表向きには書いているが、字面だけだろう
敵には良心のかけらも無いことは火を見るよりも明らかだ
で、案の定ツイッターでいくつか特定の言葉がツイートできなくなっている
筆者はある程度そうなるであろう事は読んでいた
なぜなら国家からの制限の要請には応えるという趣旨の記事があったからである
しかし、この記事には悪質な隠蔽があった
中国を引き合いに出して、あたかも対岸での出来事のように装ったのである
私がソーシャルメディアを信用していないことは以前に書いたと思う
なぜなら米帝企業か、権力3兄弟の一員がやっているものだからである
メディアは「フクシマ」の現状をあまり伝えていない
そもそもメディアは権力3兄弟の一員であり企業社会主義や利権の犬なのだから
でも、それで危機を感じないというのはあまりにも鈍感すぎるというものだ
前にも書いたとおり、我々に出来ることは「余計なものを買わない」ことである
多くの無駄が企業社会主義、学閥、商業原理主義を支えているからである

雑感 2012/3/6

現在、大震災当時に起きたことを検証するためにひたすら検索をしているところであるが
その中で、今までには無かった真相というものが明らかになるかもしれない局面を迎えている

それら記事の信憑性については現在最終的な検証を行っているところであるが、それ以前に他のサイトで見た写真とその撮影日時、さらに最近思い出した、父からその生前に聞いた話の内容からいって、まず間違いないであろう
ただ、恐らくそれを載せる前にしなければならないことがあるようだ
現在、この日誌は「諸国漫遊鉄道写真館」の中にあるのだがそのことが足かせになるであろう事が見えてきた
尤も、これは驚くべきことではなく、構想自体はあるしサイト名も決まっているが、まだデザインが出来ておらずそちらに少々お時間をいただくであろう
現在の「諸国漫遊鉄道写真館」になるときに、日誌を含めて4つのサイトがあった(常磐路HDと一家の業務系サイトは除く。)訳だが、現在のサイトデザインが出来たことで首尾よくひとつにまとめることが出来たという経緯がある
しかし、この日誌でこれだけのものを扱うことまでは想定には無かったのだ
いずれにしても、近日中に日誌を二分割して新たなサイトで時事は扱うようになるだろう
用意が出来次第当日誌、およびサイトトップでお知らせするのでもう少し待ってほしい

[warning]本記事は日蓮正宗からの脱退、及び鉄道趣味の破却以前に書かれており、現在の思想・体制と食い違いのある部分を含みます。[/warning]

印象操作と利権などについて

実を言うと前回の記事を書いてこれを見回していたときにあることに気が付いた
それは、「出会いがない」という枝葉の理由自体がメディアや利権の絡む者どもによって「人工的に」作られていたということである
「出会いがない」という状態が存在することによって商売が成り立っている連中がいたのだ
それは、ずばり「出会い系」である
何故それがわかったかというと、この出会い系を規制するためにあるはずの法律が役立たずの「ザル法」だったからである
つまり、このザル法は「出会い系から児童を守るため」ということになっていて出会い系そのものを規制する法律ではなかったのである
つまり、出会い系という胡散臭い商売が権力によって守られていることになるのだ
ついでに書いておくが、この「出会い系」は出会えるようにはなっていない
なぜなら、出会えてしまえば後は用無しになってしまうので、出会えると偽ってサクラを使い引き付けておけば「メール送受信料」の名目でいくらでも金を巻き上げることが出来るというビジネスモデルになっているのだ
これについて、Peachyが印象操作記事を書いたので言及しておく
この記事では、「女性も被害にあっている」事になっている
しかし、もし本当にそうであればあっという間に叩かれて出会い系などとうの昔に無くなっていたであろう
印象操作といえば、某週刊誌が印象操作記事と思しき記事を掲載していた
それは、「正常範囲内の結果を『がんの疑いあり』と書き換えていた」という趣旨のものである
チェルノブイリの前例から言って、その逆はあってもこの記事のとおりということはありえない
この記事が出てきた理由は、がんが増えていることを知られたくないのでわざわざ逆のことを書いて追及されないようにするためであろう
つまり、これも権力3兄弟のなせる業ということなのである
次に、権力3兄弟のもうひとつの手口について言及しておく
少し前に、ある人が「精神病院通院暦がある」者によって迫害を受けているという記事を目にした
この「精神病院通院暦がある」者は地元で盗撮や誘拐未遂事件を起こしているとの事だったが警察が一切捜査しないと聞いてピンときたのだ
それは、「精神病院通院暦がある」者を一方的に弱者として扱うことの旨みがあることに他ならない
そして、この犯人を野放しにしているのが実は権力なのではないかということに気づいたのである
普通に考えれば、「精神病院通院暦がある」からといって何をしても許されるはずは無いのである
ここでは「精神病院通院暦がある」男を仮に「男A」としておく
つまり、「何をしても捕まらない」存在を作ることによって権力構造に都合の悪い者を迫害することを容易にしているということではないのか
そういえば、筆者が対峙する敵対者も「頭が弱い」などと言って筆者を安心させようとしていたのだった
本当に頭が弱ければこの敵対者が惹き起こしたような狡猾な事件も起こせないし、男Aが本当に頭がおかしければきわめてレベルの高いハッキング犯罪も出来るわけが無いのである
これは私の見立てであるが、権力側はこの男Aに「頭が弱い証拠」という箔をつける為にわざわざ卑劣な犯罪を惹起させてその上で「精神病院通院暦がある」状態に仕立て上げたのではないかということである
男Aは権力によって飼われて「精神病院通院暦がある」ことになっているが、横山の場合には自作自演だったという違いがあるのみである
いずれにしても、「心神耗弱」や「心神喪失」の犯人を罪に問わない制度は改めるべきであろう
精神病だから人を殺しても許される、などという莫迦な話は普通だったらありえないし恐らくこの国をはじめとする一握りの国だけである
筋の通っていることを書いている人に対してメディアの焼き直しに過ぎぬ知識で攻撃的なコメントや罵詈雑言を浴びせている徒輩だとか、あるいは個人ブログのふりしてステマ(ステルスマーケティング)だらけだったり書いていることがメディアの垂れ流しているものと何も変わらないようなブログとかあるがこれらも実は権力によって雇われているのではないかということに書きながら気が付いた
だから、時には企業が権力に雇われて事件を起こしたりすることが外国でもあるのだ
その最もたる例が、かの有名なロッキード事件である
ましてメディア側そのものである芸能人とかのブログが信用なんざ出来る訳が無いのである
またの機会に書くが、芸能人そのものがメディアの手先であり権力3兄弟の手先である
時折まっとうなことを書いたと思ったら粛清されてしまうのはそのためである
改めて深く掘り下げるつもりだが、日本は既に欧州諸国などから強いバッシングを浴びており、不買運動も起こされている
その原因となっているのは権力3兄弟であり、利権構造であり、企業社会主義・学閥主義・商業原理主義なのである
メディアが流しているものを考えもせずに盲信していればそれが見えないのは当然の話である
欧州のようなメディア同士がチェックしあうシステムになっておらずメディアが皆横並びの馴れ合い・もたれ合いになっている以上、メディアの書くことには何か裏があるということを前提にしなければならないのである

「三高思想」にメスを入れる

違う趣旨の記事を書くために調べ物をしていたら私の主張を決定付けるものが出てきた
記事を保護するためURLは差し控えるがWikipediaから引用する
この記事では、
『社会学者山田昌弘は、「女性が結婚しないのは高収入男性を求めるため」(いわゆる三高)と題する記事を『週刊東洋経済』2006年7月1日付に寄稿したが、この主題そのものが政治、メディアでは強いタブーであるという。(中略)
「未婚女性が結婚相手に求める年収は、現実の未婚男性の収入に比べれば相当高い。」「このことは、私は10年以上言い続けているが、大きく取り上げられることはなかった。こんなこと言ったらクビが飛ぶと、ある官僚に言われたこともある。多くの人は薄々知っているが、公に言ってはならないタブーなのだろう。かくして、根本的な原因にはメスが入れられず、間違いではないが、根本的でない要因のみが強調される。『出会いがない』とか『キャリアが中断される』から少子化か起きると言っていれば、誰からも文句を言われることはない。どうも、日本社会は、本気で少子化対策を進めたいとは思っていないようだ」』
とあるのだ
根本的でない要因のみを強調するというのは昔からのメディアの手口であり明らかな印象操作、情報操作である
あえて強調しよう、
「女性が結婚しないのは高収入男性を求めるため」
であるとな!
この「三高思想」に極めて忠実なのがかの門外漢女ことK.Yなのだ
この女ほか敵対者連については新たに書きたいことがあるのでそれは一家サイトのほうでやる
この「三高思想」を誤魔化す印象操作記事をポストセブンが書いたので言及する
「男性の条件は”三高”ではなく”三平”」と題し、曰く「平均的年収、平凡な外見、平穏な性格」なのだという
しかし、これでも容姿や収入が偏重されていることには変わりなく、根本的問題があたかも存在しないかのように書き殴っている悪質なものである
案の定、マーケティングライターの命名だって
それって、商業主義の操り人形やないか!
これでポストセブンも「御用メディア」決定である
あえてここで筆者の主観に基づいて書かせてもらう
学歴、身長(容姿)、収入のいずれも、男性を選択する際の要素にしてはならないのである
そのうちひとつでも追求しようものなら、直ちに「ためにする輩」に該当することになり、必ずどこかで行き詰まり破綻することになるのだ
ただし、女性の場合にはある程度の容姿を保つ努力をすることは女性の義務であることは付け加えておく
それと、「結婚=ゴール」という思想がそもそも間違っている
三高思想にしろ、結婚=ゴールにしろ、いずれもメディアが商業主義のために偽り煽り立てたものであろう事は容易に想像が尽くしまず間違いないだろう
「結婚=ゴール」がでっち上げられたのは、ブライダル業界が恒常的にぼろ儲け出来るように常に結婚を煽り立てるために「ゴールが近づくと全力で駆け込もうとする」人間の習性を悪用したものだろう
ブライダル雑誌の類の存在自体も、またそこに書かれている「常識」も、メディアによってでっち上げられたものなのである
もうひとつ三高思想が存在する理由について私の見立てを述べよう
これは、官僚、学閥をはじめとする「権力3兄弟」の階層にとって有利に働くためのものである
つまり、女たちが真実や真に大切なことに気づくことなく、常に「地位ある者」のほうを向くように仕向けるための悪巧みなのである
また、これは女たちに貧困階層などを叩かせるためのものであり、民衆を分断するための手口のほんの一部なのである
また、このことは「鉄叩き」「オタク叩き」とも深い関係があるものである
鉄道趣味者に対するものにしろ、二輪趣味者に対するものにしろ、それら偏見を刷り込んできたのはメディアであり「叩き」を行うことで憂さ晴らしをさせる卑怯なやり方なのである
いかなるものが対象であろうとも、メディアに誘導されるがままにそれら対象を「はけ口」にすることは人間としてあってはならないものであり私はそれを絶対に許さない
それを敵対者らも、その他の女たちも平気で行ってきたのだ
あえて宣言しよう、一度でも「叩き」をやったことのある女は例外なく交際から除外することを!
いずれにしても、「叩き」をやるのはその時点でメディアスレーブ決定!なのである
特に敵対者連がそうであり、彼奴等はまさに「筋金入りのメディアスレーブ」であると言わなくてはなるまい
如何にすばらしい容姿を持とうとも、いかに××であろうとも、メディアスレーブ女に用は無い!
それとメディアが悪用する「枝葉」をあえて破砕して差し上げよう
まずは「出会いが無い」について
出会いが無いのはメディアに操作されるまま「出会い」そのものの定義を狭窄なものにして、なお且つハードルを極めて高くしてしまっているからなのである
つまり、それを無くしてしまえば出会いはいくらでもある!
それをさせまいとしているのは「いい学校、いい会社」つまり、やはり「三高思想」なのである
前にも書いたが愛とは親と戦争をしてでも成就させるべきものなのである
また、見ず知らずの人に対しての不安を徒に煽り立てるのは、じつは権力3兄弟や学閥にとって都合の悪い「出会い」を一掃する為であり、その為にメディアは何か事件やことが起こるたびにそのような不安を煽り立ててきたのである
次に「キャリアが中断される」について
これもメディアの煽りをそのまま真に受けているだけのことである
キャリアが中断されたら人生お終い、みたいな事を実に実にしく書き立てて女たちを引き付けてきたのである
企業社会主義、商業原理主義、学閥主義にとって都合のいい口実に過ぎないのである
キャリアが中断されたら人生お終い、だったら私は何度も死んでいる計算になりますが?
キャリアなんぞ、人生にとってちっとも大切などではないのである
それはまさしく「ためにする」考え方であり、仏法にも背反している
で、三高思想に戻ってもう一度破砕する
「いい学校、いい会社、いい男」と言う考え自体、「ためにする」考えであり、世の中をおかしくしているのである
ましてそれが正法信仰者のするべきことではないことであることはあまりにも当然過ぎる
しかしながら、「心の時代」が来ると権力3兄弟をはじめ企業社会主義、商業原理主義、学閥主義にとって都合が悪いのでメディアは全力を挙げて「心の時代」を粉砕し「格差社会」を煽ったのだ
しかし、企業社会主義は「ためにする」主義であるから必ずや行き詰まり終焉を迎えるのだ
いずれにしても恋愛や結婚に「条件」を設けること自体が「ためにする」ことに他ならないのである
逆に、生理的に受け付けないもの、或いは趣味や嗜好がどうしても合わないものはどうしようもないと思うのだが如何だろうか?
実際に、そのような「ためにする結婚」をしたような人に限って、程なく婚姻が破綻してしまっているのである
この他にもタブーはあるが、とかく企業社会主義、商業原理主義に反するものはことごとくタブーとされ、これらに影響しないようメディアによって情報操作、印象操作されてきたのだ
この国で猛威を振るうのがほかならぬ「利権」である
利権が存在すること自体が、官僚支配の動かぬ証拠であり、権力が腐敗していることをも裏付けるものである
リサイクルが利権になっている事も含め、それらは改めて深く掘り下げる