シングスピールの回顧録について
伝統偽装カルト「日蓮正宗」から2015年1月に脱退。その後同宗の謀略によって人生を台無しにされたことに気付き、以後その迫害と引き戻し策動に対して自主独立と矜持を賭けて闘争を戦っています。
なお筆者は脱退以後無宗教であり、特定団体からの支援を一切受けていません。
Author:金城修一 Shuichi Kinjou
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「バイク戦争犯罪」カテゴリーアーカイブ
バイク戦争犯罪について(最新の見解)
一家では現在戦後処理と並行して交通整備の計画を進めているが、これが完遂すれば実に7年ぶりのエンジン付き車両が復活するということになる。
ここで忘れてはならないいのは身の丈に合った計画にすること、持続可能であることと並んで過剰規模とならないことに重点があるのは云うまでもない。
つまり過去に敵宗門一味が惹き起こした「バイク戦争犯罪」の二の舞は絶対にならないということである。
「バイク戦争犯罪」とは2000年頃から2013年頃にかけて敵宗門一味が仕組んで「バイク」をネタに筆者を陥れた一連の事件群の総称である。この戦争犯罪のために一家は翻弄され、第一次「三本柱の化城」の洗脳犯罪と相俟ってあらゆる事物を失わされた過去がある。
一家では嘗て一号形原付車両を1999年から保有しており、2005年から2010年まで約5年の休車があったが復帰して運用されており、その代替のため2012年に自動二輪免許を取得、100ccクラスの自動二輪車を導入して運用していた訳である。
その頃に受けた事故被害の賠償金を得ることが確実となったところで150ccクラスへのステップアップを計画したところこれが敵宗門一味の洗脳操作で不当に改竄され、本当にするべき事からも遠ざけられたことに加え裏では人工透析への転落策動まで進行されており、不必要な中型バイクに手を出させられた挙げ句大きく資金をハタカサレ移住も潰された事件であった。この時点であれば移住してから次を考えることも可能だっただけに今考えても殺意が止まらない。
しかも敵は、筆者がバイク戦争犯罪に気付いたのを見計らったように阿呆悦講員による交際類似事件を用意しており、あらぬ夢を見せあらぬ希望を持たせることで敵自ら仕組んだデッドエンドに気付かせないようにして対策を取らせないようにするという残忍無慈悲な所業を働いたのであった。
あらぬ夢と希望を見せられたことでせっかく取り返した金員はすぐにしかも必ず要らなくなる車でハタカサレて、しかも脱退をも妨害されてギリギリの底辺まで突き落とされることとなったのであった。
更に筆者にあらぬ夢と希望を見せたクズ女は目的を達すると逃げるようになり、奴に引き合わせた講幹部を詰問するもこの幹部は加害者である柏原を守って被害者である筆者を一方的に悪者扱いして逃げたのである。
普通はさすがにここで脱退となるべきであった所、敵宗門阿呆悦院幹部は予め温存していた、死亡講員の仏壇を重石として与えることを画策して脱退を妨害したのである。このように、単独で行われた事件は脱退前に於いてはほぼ皆無に等しく、如何なる事件も全ては繋がっているのである。
この間の2005年には敵宗門工作員である通称門外漢女によるデジタル一眼スキャンダル、及びバイク圧殺演出事件が惹き起こされており、今なお当時の経緯が問題視されている。云うまでもなく圧殺の演出は「バイク」を燻らせて人の人生を狂わせるためであるが、この門外漢女は嘗て不倫で有責となり親権を剥奪された輩であることが脱退後に判明している。そのような輩であると知っていれば騙されずに済んだのであり、今であればその事はその言動から簡単にわかる程度のザル女であるが、敵宗門という一神教によって生命力を殺がれていたために読み切れなかったのであった。こいつもまた目的を達するや疎遠になり逃げるようになったのであった。目的を達するか、或いは達せられなかった途端に逃げるようになるのは工作員の定石であるから覚えておいたほうがいい。
以上がバイク戦争犯罪とこれに続いて行われた交際類似事件の概要である。この間に別の交際類似事件も惹起しているが、これは脱退妨害のために憎き柏原容疑者への憎悪をスピンするために惹き起こされた事件であるがそれはあくまで別件でありバイク戦争犯罪との関連性は薄い。
以前のバイク戦争犯罪関連記事でも書いているように、この一連の事件群では嘗てやらされていたサイトで薄い繋がりがあった、某鉄道関連サイトの運営者の男が煽り目的で関与していてPCX批判と取れるような記事も書いている。この男については2014年に追放しており、その後やらされていたサイトも破却に伴い閉鎖して久しくその後追加の事件惹起もないため現在では全く無関係であるが、こいつについては敵宗門謀略部門の工作員である疑いがかけられている。
なお、こいつが絡んだネット上での戦闘が終結したことを端緒としてついに敵宗門一味が押し止めていた真実の追究が始まり、漸く絶望的な現実に気付いたことで敵宗門への疑問が生じ、ここに漸く信仰の見直しが行われることとなったのである。その後はご存知の通り2015年1月10日付けで遂に敵宗門・日蓮正宗から脱退する運びとなっている。
以上がバイク戦争犯罪関連の経緯であるが、我が一家は二度とこのような戦争犯罪に巻き込まれないようにしなければならない。今なお敵による「バイク」の煽りが散見される状況でもあり、油断はできない。このため失地回復プロジェクト第7次、第8次計画の策定に当たっては今後の交通政策についても間違いのないように定めたところである。
- 今後バイクは125ccクラスまでとする。
- 車種選定は実用本位とする。
- 不必要にバイクにカネをかけないようにする。
- 地方を跨ぐような遠距離は公共交通によることとする。
- 失地回復後は四輪自動車に切り替えることとする。
今後は遅くとも3年程度で車に切り替える前提であり、このことを前提に計画を進めており、今後の実力蓄積計画とこれに特化した暮らしに貢献させるべく進行させているところである。
我が一家のこの方針に敵対して身勝手な妬みや未練、或いは自己の都合による行動を行う者は予測不可能な凄惨な結末に全面的かつ致命的な責任を一方的に負うことに必ずなるということを敵宗門及び辺境民の関係者は一々に肝に銘じるべきであるということを改めてここに警告しておく。
過去のバイク戦争犯罪関連記事
カテゴリー: バイク戦争犯罪, 宗教や敵対者について, 風化させない
バイク戦争犯罪について(最新の見解) はコメントを受け付けていません
この記事のURL:https://historia.singspiel.jp/weblog/blog-entry-244.html
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バイク戦争犯罪の概略について
バイク戦争犯罪の濫觴は、既に回顧録ブログでも書き出している通り1990年代後半にまで遡る
すなわち、十数年にも及んで行われた大掛かりな人格破壊策動であるということになる
そうだ、全てはつながっているのであって偶然はどこにもないのである
ここでは、その全体像を暴き出し決して風化させないことを目的に書き記す
濫觴
筆者は、元々は乗用車に乗っていた人間であったが、回顧録ブログにもある通り敵(敵一味宗創医連合。以下同じ)の策謀によって1997年にその乗用車が失われたことによってバイク戦争犯罪が始まった
翌年頃から、他人の口を使った「クルマは金食い虫だ」の吹聴が幾度となく繰り返され、バイク戦争犯罪に巻き込むための洗脳策動が始まったのである
99年に原付を使う仕事に誘導されたことで、完全にその軌道に乗せられることになったものであると云える
同年11月に、とりあえずの足として「1号形原付車」が導入されたが、この時点ではそこから先に進むことは無かった
テコ入れ
その後も敵は雑誌やネットなどを駆使して刷り込みや煽動を続けたが、にも拘らず計画の進まないことに相当の苛立ちを募らせていたに違いない
そこで敵が仕掛けたのが、「自動二輪計画」の刷り込みとその圧殺の演出であった
この時点ですでに2005年、計画の開始から8年が経過していたことになる
自動二輪計画もその圧殺も、いずれもが敵によって演出されたものであり典型的なマッチポンプ犯罪である
その後も先記の1号形原付車が稼働していたが、これを電磁波による攻撃によって計画的に故障させることで「バイク」をくすぶらせることにしたのだ
1号形原付車は、その後数年に亘って廃車にもならずに留置されていた
この留置も、敵の意向通りのものでありまさしく「バイク」をくすぶらせるためのものであると云える
当該は購入からほどなく絶版となっており、本来であればこの時点で廃車解体してしまうのが措置としては適当であったと云えるが、それでは煽れなくなるので押し止められたものであった
解放聖戦の最中で
その後09年になって「解放聖戦」が勃発し、その後戦線が石之坊にまで拡大することとなった
聖戦の真っただ中、09年の10月になってやおら、とあるブログ管理者が二輪免許をおっぱじめたのである
よりによって解放聖戦の最中にやりだすというのはただ事ではない
恐らくは敵幹部の指示による操作があったものと推察され、これは劣等感を煽るためにわざわざ後を追わせて読ませたものであると断定している
(この部分削除)
更に、その直後の12月には敵による「自動二輪圧殺」の計画的発覚が実行に移されたことで煽動は決定的となったのである
聖戦終結の後
結局解放聖戦は筆者が石之坊から不当に粛清されるという形で終結を見ている
その後、6月になると突然1号形原付車の復活が浮上し、同月下旬に竣工している
この復活は、現在からみれば全く不適当なものであったと云え、まさしく先述の劣等感を煽るための煽動によってもたらされたといえる
この頃になるとすべてが「バイク」を中心に回るようにされてしまっており、結果本末顛倒の有様が長期に亘って続くことになる
適度な迫害を加え続けることで「自由の闘士気取り」に仕立て上げ、それによってますます振り回し続けるという悪質な洗脳犯罪であるということになる
行き倒れ策動の中で
その後、2012年4月には結局自動二輪免許取得に動くことになり翌月に免許の交付を受けている
同年6月には現実的対応として100ccの二輪車を導入し運用を開始している
これは、あくまで当時の情勢による現実的対応であり他者の意向は関係ない
しかし、現実的対応止まりでは不満な敵の策謀によって事故に巻き込まれ、左手首を骨折する14級障害相当の大怪我を負っている
この時巻き込まれたのが代車であったというのもミソである
というより代車に乗っているところを狙った、そういうことになる
結局この事故の解決には1年近い時間がかかっているが、これは不自然に長いものだ
最低でも6か月はかかるのであるが、それ以上は明らかに時間稼ぎであると云える
何のためか?云うまでもなく、洗脳のための時間稼ぎであるということである
それは、賠償金の使途を不当に変えさせるためのものであったということである
そして計画はスリカエられ、仏壇購入計画を押し流す形で全てが「バイク」によって吸い込まれたのである
スリカエの概要はここでは省略する
更に、この策動に乗じて更なる策動が発動された
それが、行き倒れ策動であった
この行き倒れ策動は、この「バイクの極大化」に乗じてマインドコントロールを行い、薬を外させ血圧を測ることも押し止めてその裏で電磁波犯罪によって血圧を不当に吊り上げて腎機能の破壊を謀ったものである
そして行先は行き倒れか人工透析かという極めて悪質なものであった
そのために、バイク以外のものはすべて押し止められ、計画は実行に移された―
こうして2013年9月21日に筆者は人工透析の身に貶められたのである
悪質なハタカセ
行き倒れ策動の最中、8月にはシステムをキヤノンに戻し活動を再開しているがこの時にはすでに病状が進行しており、敵は既に「先が無い」状態になったことを確認していたはずである
そして行き倒れ策動の発覚直前、敵は「意図的に」洗脳を抜くことにしたのである
こうしてバイクの売却と自家用車の導入が行われることになったが、敵は「自家用車を導入してもすぐに用途を失い金食い虫になる」ことを当初から計算していたのである
その目論見とは何か。それは、「手元にいささかの資金も持たせないこと」にあるのであった
自家用車を持っていれば、それだけで月に2万近いカネがかかるのである
結局6か月で手放したが、それでも10万以上の無駄が出ていたのである
購入額と売却額の差額15万を足せば、実に25万もの無駄が出ていたのである
この他にも、クルマ絡みの不当なハタカセがあり損害額は40万近くにも上る
バイク戦争犯罪の概略は以上であるが、全ては敵側団体の主導で行われておりその組織的攻撃によるものであるということを決して風化させてはならないのである
(おわり)
【ご注意】
本記事は、敵宗門より脱退する以前かつ「聖域なき見直し」以前に執筆された記事です。現在最新の真実並びに見解とは異なる部分を含みますのでご注意ください。
この記事は、史実認定の修正により2016.1.30 9:41に修正されています。
カテゴリー: バイク戦争犯罪, 宗教や敵対者について, 旧ポータルブログからのインポート記事, 風化させない
バイク戦争犯罪の概略について はコメントを受け付けていません
この記事のURL:https://historia.singspiel.jp/weblog/blog-entry-176.html
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バイク戦争犯罪による損害の考察
撮影機材をキヤノンに戻したのは8月末のことだった
昨年の機材混乱は大いなる損害をもたらしたが、売った機材が高かった分40Dの再奪還のみならずカメラ2台という恵まれた再スタートを切ることもできた
その後、EF-S 17-85mmも入手することができたうえスピードライト(鉄道ではほぼ使わない)も手に入れた
しかし、その前にもっと大きな好機があったはずであった
敵は、行き倒れ策動の際に高額な新車バイクに手を出させることでそれを封じたのであった
恐らく敵幹部の指示は次のようなものであったであろう
「カネを徹底的にはたかせろ。ただし、撮影機材は一切買わせるな。すべてバイクで使わせろ。」
この指示を裏付けるものとしては、マインドコントロールによって中身が入れ替わってしまったバイクの導入計画にあった
当初PCX150を中心に検討されていたものがなぜ400㏄にすげ変わったのか
PCX150:総額約35万円
実際に入ったバイク:総額77万円
後付けのボックスやアクセサリーは抜きの乗り出し(前者は凡その見積もり)価格での比較になる
それでも、両者には倍以上の開きがありその差額があればとっくに高級機材を取り戻していたに違いなかろう
それ以外にもPCX150であれば必要なかったであろう駐輪場所整備(約3万6千円)や同じく必要なかったであろう大型スロープ(配送料込みで約3万3千円)など係るスリカエでおよそ50万円も大きくなっていることは特筆に値する
敵がいかにしてカネをはたかせつつ機材を買わせないように、そしてキヤノンに戻させないように腐心していたかが窺える
もしこのすり替えが無ければどうだったか?
仮にニコンのままだったとしても、80-400VRやD600、70-200/4 VRなどが検討されており、それらを入れていれば後のシステム戻しの際にもそれが資産価値を発揮してかなりの高額機材が買えたであろうことは想像に難くない
しかし、筆者がニコンのVRに視覚的違和感を感じていたことを敵も読み取っていたのであろう
もしそれらが入ったとしてもVRの違和感を克服できずにキヤノンに戻す―
という敵にとって最悪のシナリオが見えていたのであろうか
これが敵が誘導して導入に至ったはずのニコンシステムの機材さえも買わせなかった理由ではなかろうか
しかし所詮はマインドコントロールによる化城の産物に過ぎないのはバイクもニコンも一緒である、いずれは崩壊する定めにあったのだ
実際に化城の崩壊を前に筆者はキヤノンEOSシステムに戻す決断を行い実行に移している
なお、3万6千円かけて整備した駐輪場所は今は自転車置き場になっている有様で大型スロープはただの死蔵品に成り下がっている
また、5月18日を最後に9月の入院まで鉄活動が無かったことについて併せて考察する
この間、機材はずっと保有しており鉄活動できない理由は無かった
にも拘らず鉄活動ができなかったのは何故か?
敵幹部が、何らかの理由(無論、身勝手な理由である)で筆者に鉄活動をさせたくなかったためであると断定して間違いない
そのために、化城生成の頃の鉄活動の極大化を謀ったのと同じ理屈でバイクの極大化を実行に移しこれを利して鉄活動をも封じたのである
化城生成の時には極大化させておいて、都合が悪くなったり策謀の役に立たなくなると今度はそれを封じるというのは常人の神経ではないしあまりにも手前勝手・ご都合主義に過ぎる
いずれにしても計画はすり替えられ、巨額の損失を筆者は蒙った
そして敵は、走ることだけに熱中するよう煽動を行い、勢いが付いたところで行き倒れ策動を加速させ薬を外させたのであった
しかし、既出の通り9月初旬には異常に気付いて薬を再開し、診察を無理にでも入れさせたことで一命を取り留めたのであった
行き倒れ策動は、マインドコントロールを重ねに重ねて何重ものトリックによって初めて成り立つ特殊な暴力である
大切なものを外させるというのは、ターゲットに勢いがついてないとできないマインドコントロールでもある
今回は計画のスリカエについて主に論じたが、バイク自体が敵によって捩じ込まれ自家用車の復活を妨げたものである
また、そのバイクを捩じ込むために「クルマは金食い虫」という吹聴を繰り返し繰り返し行い「バイク」に引きずり込んだという事実がある
PCX150の新車は35万円であるが、政策転換後に購入した乗用車はそれより安く、バイクの売却益で賄って余りあるほどであった
このことに怒り狂った敵は、殊更にカネをはたかせた上でマインドコントロールを行い、入院妨害を行ったのである
しかし、その病状が特定疾病に該当したため限度額認定の恩恵を受け、翌月には医療費がかからなくなったのである
いずれにしても、リードの後は別の小型バイクにするのが正しい道であったのは間違いない
実際に、そのことが頭になかったかというとそうでもないしその他乗用車も検討した
だが、それでは困る敵によってそれを圧殺するためのマインドコントロールが行われ、上記のごとき経緯となったのである
筆者は元々は乗用車に乗っていた人間であり、敵はそれが面白くなかったであろうことは想像に難くない
敵は約15年余りに亘って乗用車の復活を妨げるための策謀を重ねてきたものであり、筆者が乗用車に乗ることはその15年の策謀が水の泡となることを意味したからである
しかし、その乗用車ですら導入決定時にはすでに「先が無い」ことを敵が確認していたものと思われ、所詮はマインドコントロールによる産物に過ぎなかったことが判っている
バイク戦争犯罪に関わった徒輩に関してはこれを徹底的に裁かねばなるまい
【ご注意】
本記事は、敵宗門より脱退する以前かつ「聖域なき見直し」以前に執筆された記事です。現在最新の真実並びに見解とは異なる部分を含みますのでご注意ください。
(重篤な箇所については適宜修正しています。)
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