違う趣旨の記事を書くために調べ物をしていたら私の主張を決定付けるものが出てきた
記事を保護するためURLは差し控えるがWikipediaから引用する
この記事では、
『社会学者山田昌弘は、「女性が結婚しないのは高収入男性を求めるため」(いわゆる三高)と題する記事を『週刊東洋経済』2006年7月1日付に寄稿したが、この主題そのものが政治、メディアでは強いタブーであるという。(中略)
「未婚女性が結婚相手に求める年収は、現実の未婚男性の収入に比べれば相当高い。」「このことは、私は10年以上言い続けているが、大きく取り上げられることはなかった。こんなこと言ったらクビが飛ぶと、ある官僚に言われたこともある。多くの人は薄々知っているが、公に言ってはならないタブーなのだろう。かくして、根本的な原因にはメスが入れられず、間違いではないが、根本的でない要因のみが強調される。『出会いがない』とか『キャリアが中断される』から少子化か起きると言っていれば、誰からも文句を言われることはない。どうも、日本社会は、本気で少子化対策を進めたいとは思っていないようだ」』
とあるのだ
根本的でない要因のみを強調するというのは昔からのメディアの手口であり明らかな印象操作、情報操作である
あえて強調しよう、
「女性が結婚しないのは高収入男性を求めるため」
であるとな!
この「三高思想」に極めて忠実なのがかの門外漢女ことK.Yなのだ
この女ほか敵対者連については新たに書きたいことがあるのでそれは一家サイトのほうでやる
この「三高思想」を誤魔化す印象操作記事をポストセブンが書いたので言及する
「男性の条件は”三高”ではなく”三平”」と題し、曰く「平均的年収、平凡な外見、平穏な性格」なのだという
しかし、これでも容姿や収入が偏重されていることには変わりなく、根本的問題があたかも存在しないかのように書き殴っている悪質なものである
案の定、マーケティングライターの命名だって
それって、商業主義の操り人形やないか!
これでポストセブンも「御用メディア」決定である
あえてここで筆者の主観に基づいて書かせてもらう
学歴、身長(容姿)、収入のいずれも、男性を選択する際の要素にしてはならないのである
そのうちひとつでも追求しようものなら、直ちに「ためにする輩」に該当することになり、必ずどこかで行き詰まり破綻することになるのだ
ただし、女性の場合にはある程度の容姿を保つ努力をすることは女性の義務であることは付け加えておく
それと、「結婚=ゴール」という思想がそもそも間違っている
三高思想にしろ、結婚=ゴールにしろ、いずれもメディアが商業主義のために偽り煽り立てたものであろう事は容易に想像が尽くしまず間違いないだろう
「結婚=ゴール」がでっち上げられたのは、ブライダル業界が恒常的にぼろ儲け出来るように常に結婚を煽り立てるために「ゴールが近づくと全力で駆け込もうとする」人間の習性を悪用したものだろう
ブライダル雑誌の類の存在自体も、またそこに書かれている「常識」も、メディアによってでっち上げられたものなのである
もうひとつ三高思想が存在する理由について私の見立てを述べよう
これは、官僚、学閥をはじめとする「権力3兄弟」の階層にとって有利に働くためのものである
つまり、女たちが真実や真に大切なことに気づくことなく、常に「地位ある者」のほうを向くように仕向けるための悪巧みなのである
また、これは女たちに貧困階層などを叩かせるためのものであり、民衆を分断するための手口のほんの一部なのである
また、このことは「鉄叩き」「オタク叩き」とも深い関係があるものである
鉄道趣味者に対するものにしろ、二輪趣味者に対するものにしろ、それら偏見を刷り込んできたのはメディアであり「叩き」を行うことで憂さ晴らしをさせる卑怯なやり方なのである
いかなるものが対象であろうとも、メディアに誘導されるがままにそれら対象を「はけ口」にすることは人間としてあってはならないものであり私はそれを絶対に許さない
それを敵対者らも、その他の女たちも平気で行ってきたのだ
あえて宣言しよう、一度でも「叩き」をやったことのある女は例外なく交際から除外することを!
いずれにしても、「叩き」をやるのはその時点でメディアスレーブ決定!なのである
特に敵対者連がそうであり、彼奴等はまさに「筋金入りのメディアスレーブ」であると言わなくてはなるまい
如何にすばらしい容姿を持とうとも、いかに××であろうとも、メディアスレーブ女に用は無い!
それとメディアが悪用する「枝葉」をあえて破砕して差し上げよう
まずは「出会いが無い」について
出会いが無いのはメディアに操作されるまま「出会い」そのものの定義を狭窄なものにして、なお且つハードルを極めて高くしてしまっているからなのである
つまり、それを無くしてしまえば出会いはいくらでもある!
それをさせまいとしているのは「いい学校、いい会社」つまり、やはり「三高思想」なのである
前にも書いたが愛とは親と戦争をしてでも成就させるべきものなのである
また、見ず知らずの人に対しての不安を徒に煽り立てるのは、じつは権力3兄弟や学閥にとって都合の悪い「出会い」を一掃する為であり、その為にメディアは何か事件やことが起こるたびにそのような不安を煽り立ててきたのである
次に「キャリアが中断される」について
これもメディアの煽りをそのまま真に受けているだけのことである
キャリアが中断されたら人生お終い、みたいな事を実に実にしく書き立てて女たちを引き付けてきたのである
企業社会主義、商業原理主義、学閥主義にとって都合のいい口実に過ぎないのである
キャリアが中断されたら人生お終い、だったら私は何度も死んでいる計算になりますが?
キャリアなんぞ、人生にとってちっとも大切などではないのである
それはまさしく「ためにする」考え方であり、仏法にも背反している
で、三高思想に戻ってもう一度破砕する
「いい学校、いい会社、いい男」と言う考え自体、「ためにする」考えであり、世の中をおかしくしているのである
ましてそれが正法信仰者のするべきことではないことであることはあまりにも当然過ぎる
しかしながら、「心の時代」が来ると権力3兄弟をはじめ企業社会主義、商業原理主義、学閥主義にとって都合が悪いのでメディアは全力を挙げて「心の時代」を粉砕し「格差社会」を煽ったのだ
しかし、企業社会主義は「ためにする」主義であるから必ずや行き詰まり終焉を迎えるのだ
いずれにしても恋愛や結婚に「条件」を設けること自体が「ためにする」ことに他ならないのである
逆に、生理的に受け付けないもの、或いは趣味や嗜好がどうしても合わないものはどうしようもないと思うのだが如何だろうか?
実際に、そのような「ためにする結婚」をしたような人に限って、程なく婚姻が破綻してしまっているのである
この他にもタブーはあるが、とかく企業社会主義、商業原理主義に反するものはことごとくタブーとされ、これらに影響しないようメディアによって情報操作、印象操作されてきたのだ
この国で猛威を振るうのがほかならぬ「利権」である
利権が存在すること自体が、官僚支配の動かぬ証拠であり、権力が腐敗していることをも裏付けるものである
リサイクルが利権になっている事も含め、それらは改めて深く掘り下げる