ジャーヒリーヤ時代
1983年頃 代表・金城修一(以下「代表」と表記)の実母が創価学会に入信、家族も強制的に入れられる。
1984年 実母の都合によって絶海の孤島へ移住させられる。
1988年 実母が現地で客死、その後一家は創価学会を脱退。正式には同年12月末日付け。
2000年頃 敵宗門一派(以下「敵宗門」「敵側」と表記)のBMI犯罪によって一時的に別の宗教に誘導される。*1
2001年3月頃 敵宗門によるBMI犯罪によって当時既にどうでもよくなっていた鉄道趣味が焚き付けられる。*1 *2
2001年4月 敵側のBMI犯罪によって父子関係が一時的に断絶させられる。*1
2002年1月 敵側のBMI犯罪によって派遣に転落させられる。*1
2003年8月 敵側のBMI犯罪によって関西に旅行させられ、その帰路で石之坊講員に遭遇させられる。*3
2003年9月 敵側のBMI犯罪による誘導により、石之坊で入信させられる。
2005年3月 敵宗門によって断絶させられていた父子関係を修復。
同年 代表に不当に接近して石之坊に引きずり込んだ石之坊工作員、岩下容疑者が死亡。実際には後年の口外を恐れた敵宗門一味によって病気を装って暗殺されたといわれている。
2007年12月 敵一味の謀略による医療犯罪によって代表実父が死亡する。
2010年4月 石之坊講員の不正を追及しようとした所、話を地元寺院云々という話にスリカエられ、一方的に移籍先を指定される形で石之坊を追われる。その後、宗派離脱も検討されたが、敵側BMI犯罪により押し止められる。
2013年~ 一方的に指定された移籍先である、法悦院講内で孤立させられる。
2013年 この年だけで3度にも及ぶ交際類似事犯が法悦院によって惹き起こされる。
2014年8月 聖域なき見直しが行われることになり、宗教問題も対象とする。
2015年1月 見直しの結果、宗教からの決別を決断。同月10日、日蓮正宗より脱退。
日蓮正宗脱退以降
2015年1月 宗派離脱を決定。その後、宗務院にて離脱手続きを要求するが、本尊の返還を拒否され、別寺院「法道院」を紹介された。しかし、真実を追及しようとしたところその寺院で大変不誠実な対応をされた。断りの電話を入れたがまともに答えないという有様だった。
2015年6月 石之坊・法悦院の両寺院の者による押しかけ事件、ついで石之坊講員による脅迫事件が発生する(写真)。その影響により、不正追及のためのブログを閉鎖させられる。
2015年8月 最後に隷属させられていた寺院における、離間工作の発覚という事案が生じた。しかし、調査の結果離間工作をやっていたのはこの寺院の幹部であり、更にこの発覚は敵側がその行為者を偽り何としても宗門に引き戻さんとして起こした意図的発覚であると判明した。
2015年9月 先記の調査結果を受けて、1月に決定した宗派離脱が確定。同時にあらゆる種類のあらゆる宗派が禁制となる。
2015年12月 日蓮正宗僧侶と思しき大柄な男が押し掛けてくる。威迫目的と思われる。
2016年2月~3月 宗派離脱に伴う事後処理が行われる。以後、当家は日蓮正宗とは一切無関係となる。しかし宗門らはその後も裏で手を回して迫害行為を続けている。
2016年3月 敵幹部に押し付けられていた、場内整備の妨げになるような仏壇を処分し、場内整備を行い生活環境を整える。
2016年7月 交際類似事犯による引き戻しの画策を遮断するため、欠格期間についての移行措置を廃止、および当家の指定する寺院に在籍していた輩についての欠格期間の延長を実施した。
2016年8月 日蓮正宗僧侶と思しき大柄な男が再度、押し掛けてくる。威迫目的と思われる。
2016年10月 法悦講員と思しき若い男が押し掛けてくる。威迫目的と見られる。
同月 先述両寺院の者によるネット上での引っ掛け誘導尋問事件が惹起。警察の知るところとなる。以後表立った事件は起きていないものの、今も敵宗門は裏部隊を駆使して本会及び代表の生活妨害を延々と続けている状況である。
2017年2月 総ては敵一味たる宗創医連合軍が100%且つ一方的に悪いものであり、これまでの諸問題は敵一味が悪事追及の矛先を逃れんとしたがためのデコイであり、他のもののせいにさせて矛先を不当に逃れていたものであると断じた。この決定に対して敵宗門一味は表向きは沈黙を装いながら裏に回って陰湿な嫌がらせをこれ以降激化させている。
2018年1月 遺骨問題の隠蔽が発覚したが、残忍無慈悲なハタカセをやっておいて意図的に起こされたものであることが後に判明している。敵一味はくだらない計画をセットで捩じ込み、その解決を妨害しようとする。意図的に知らせながら迫害や妨害を加える人権蹂躙行為であるといえる。
2018年3月 捩じ込まれた計画を破棄し、遺骨問題の解決に着手することを決定。敵一味はこれに対して大魚封殺という無慈悲な報復を以て応えている。
2018年4月 亡父の遺骨を敵宗門から奪還し、一家選定の新たな施設に仮納骨。
2018年6月 法悦講員と思しき輩が突撃してくるが、すれ違いで未遂に終わる。
2018年9月 納骨の手続きが全て滞りなく終了し、敵宗門との悪縁を全て断ち切った。
2018年10月 一家選定の新施設で行われた合同慰霊祭に代表が参列、改めて敵宗門からの決別の堅固な意志を内外に示す。
2019年5月 法悦院信者で、俗称・法悦院執着軍団の一員である女と思われる偽名アカウントによる攻撃が惹起。スピンの継続と揺さぶりによる思考リソースの不当占領が目的と思われる。その後も関連アカウントからの攻撃がしばらく続く。
2020年1月 10日に敵宗門を脱退してから5周年の節目を迎える。
2020年4月 敵宗門による、テク犯を用いての超大型スピンが発覚。趣味ごとに過ぎないものを過大に煽り立てて化城に引きずり込んでいた。前回と異なり直接カネにつながりやすいことが発覚を難しくしていた。当該趣味について、趣味ごととしての範疇を絶対に超えないよう徹底することとなり、次回同様のことが起こった場合は破却処分にする旨警告が発せられた。更に、敵が長年に亘り人生の一大事から遠ざけていたこと、思考リソースを不当に占領していたことが発覚。
同月 前記の発覚を受けて、新たに戦後処理計画、並びに生活再生計画が策定されギャンブル的な手法によらない失地回復を目指すこととなった。
2020年12月 戦後処理がいったん完了。しかし敵一味はあらぬものを捩じ込んで失地回復を妨害。
2022年12月 第二次バイク戦争犯罪が発覚、2023年現在もその戦後処理のさ中にある。
2023年1月 敵宗門を脱退してから8周年の節目を迎え、戦後処理が本格化。
2023年5月 新たな失地回復プロジェクトが発会を迎える。
2023年8月 これまでやむを得ず使っていたキヤノン機材がサポート期限切れから久しいため機材更新を実施。ソニー・Eマウントが採用される
2023年9月 敵宗門からの脱退が確定して8年が経過。特集記事が青ブログで組まれる
2023年12月 亡き尊父の霊前に改めて解放聖戦勝利、失地回復達成を誓う
2024年2月 長らく押し込められていた特級呪物館からようやく退去が叶い失地回復に向けて大きく前進する。
2024年6月現在、引き続き第二次解放聖戦の最中にあり真の解放を目指した戦いが続いている。したがって、現在当家は戦時体制である。
*1 宗教に誘導するための環境整備のために起こされた事件。
*2 真実の追究からスピンし、真実を見させないようにするために行われた。
*3 宗教への誘導のための直接的な工作。
この年表は随時更新します。
最終更新 2024年6月