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確定裁決から5年が経過

2015年9月22日に我が一家が同年1月10日付で決定していた敵宗門からの脱退を確定とする裁決を採択してから満5年が経過した。
この5年間の辛苦は筆舌に堪え難いものがあった。そしてこの5年間も敵宗門は裏から手を回して一家を苦しめ続けてきた。その損失は非常に莫大であり、妬みと逆上による失地回復妨害は万死に値する。
5年前の4月14日、敵宗門一味は生活再生計画の出鼻を挫くべく冤罪未遂事件を惹起させてぶち壊しにした挙げ句、その後新たな化城に引きずり込んで愚弄してくれやがった。混乱させて思い通りに操ろうという汚い謀略だった。
2015年1月10日に我が一家は敵宗門・日蓮正宗からの脱退を決定した。通常であれば脱退届は末寺に郵送で出して行うべき性質のものであるが、敵一味がこれを遠隔の精神操作によって悪しく改変しこともあろうにわざわざ交通費を費やさせて本山まで来させるという暴挙を働き脱退を妨害したのである。案の定本山では他の寺で続けさせるべく宗務院僧が待ち構えており更に奴等は脱退届を受け取らなかったばかりか却って殊更に他の寺に誘導を図りやがったのである。

我が一家はこれを保留にしていたところ先の冤罪未遂事件が惹起した訳である。結局我が一家は別の寺、つまり法道院への誘導を蹴ることに決定したのであるが、同寺の輩はこの断りの電話に対して非常に不誠実な対応を以て応じたのである。

そしてそれから約2ヵ月後の2015年6月14日に敵宗門は石之坊・法悦院両寺の男子部を駆ってあの忌まわしき言論弾圧迫害事件を惹き起こしたのである。その後も激しい引き戻し策動の攻撃に晒される日々が続いたが、そうした中で敵宗門側が惹き起こした法悦院に於ける孤立化策動の意図的発覚があった。しかし調査の結果これを惹き起こしたのは他ならぬ敵宗門の法悦院役員であったことが却って発覚し、結果的に敵宗門はオウンゴールを放っただけの結果に終わったのである。これを受けて一家では審議を行い、2015年1月10日に決定していた敵宗門からの脱退を同年9月22日付けで確定とする決定を下したのである。この日は奇しくも大安吉日であり、まさに真の神による正しい裁きが敵宗門に下ったというべきである。

現在(2020年9月22日現在)一家では敵宗門一味による戦災と不当に負わされた重石そしていかなる敵宗門残滓を除却するための戦後処理事業の最中にある。この戦後処理は新たな5ヶ年計画の一年目に於ける最重要課題であり、必ずやこれを成功させることが一家にとっての必修命題である。

失地回復の狼煙を消すことは、誰にも許されない。

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