月別アーカイブ: 2012年11月

刷り込み

私が何度も書いている通りメディアはありとあらゆる誤りを民衆に刷り込んできた
私たちが常識と思っていることの多くは、実は権力或いは力のある者の側に有利なようにでっち上げられ刷り込まれてきたものなのだ
いわゆる世間体などというものも、それと日本人の悪しき考え方が相俟って御せぬほどの力を持ってしまっているものなのだ
メディアの創作物の多くもまた、洗脳や刷り込みのための物に過ぎず決して見たり読んだりしてはならないものばかりなのだ
悪評が立たないのは一方的な圧力によって言論が封殺されているからであって、悪評の立たないものほど怪しまねばならないのである
また、多くの偏見や差別感情も同じようにあらゆる手段を使ってメディアが刷り込んできたものなのだ
それらを何の抵抗も批判もせずに甘受する人のことをメディアスレーブというのである
新天地からの手紙では今後買ってはいけない・見てはいけない・読んではいけない・聴いてはいけないものについてこの観点から明かしていく所存である

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解散総選挙を迎えるに当たって

衆議院が解散した。
もとより解散しようがしまいが民主党の終焉は覆しようの無い不可逆的事象ではあるが、この時期に解散というのが胡散臭い。
やはりノダルフと自公と官僚とメディアで口あわせというものがあり米帝隷属の大連立という陰謀で物事が動いているのだろう。
第三局では野合の動きが活発であるがこれに眼を奪われてはならない。

一方では、あまりにも当然ではあるが小沢氏の無罪が確定している。
前にも指摘したとおり氏の復活を妨げるためのためにする先延ばしでありマスゴミの罵詈雑言を鵜呑みにした国民には大きな責任がある。
マスゴミは米帝の意向を受けて小沢氏を被告呼ばわりして誹謗中傷し貶めてきたのだ。
今後綴っていくがマスゴミは公器に値しないしでたらめばかり流すマスゴミは信用してはならない。

一回の選挙で覆せるほど甘くは無いと思うが、小沢氏の復活と「国民の生活が第一」の政権奪取に国民は協力しなければならない。
マスゴミの煽動はあまりにも無節操であり、且つ無責任極まりない。
マスゴミはこの期に及んで自民党を復活させようと企んでおりこれに騙されてはならない。
自民党には当の昔に烙印が押されているのであり解っている人は解っていると思うがどこかの誰かと同じで口八丁だけは巧みで立派なので騙されないように…。

読者の方は解っていると思うが、テレビだけがメディアではない。
メディアというメディアはみな翼賛宣伝機関であり、都合の悪いことは報道されないし、書かれないのである。
メディアというメディアは既にオワコンなのである。
メディアの書いていること、プッシュしているもの、宣伝文句を鵜呑みにする人のことをメディアスレーブというのである。

自民・公明・みんなに入れるようでは非国民との謗りを免れないのである

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「日払い」云々が出てきた裏事情 第2幕

石之坊講員による内政干渉企図事件「日払い発言による内政干渉企図事件」について更に暴く。
事の概要について。
要は失職状態にあった私に対して問題の講員が「日払いで働け」という趣旨の発言をし、もって我が一家の内政に干渉しようとした事件である。
幸い、再建の基本理念は固まり、なお且つ社会保障制度の活用が決まっていた後だったので実害は無かった。
実害は無かったが、この事件を端緒として石之坊への信頼が潰えることとなった。
これまでに、門外漢女が「日払い」の過去を吹聴した可能性がほぼ間違いないレベルであることと、そこに至る感情的理由を検証した。
更に踏み込んで、そこにどのような深謀遠慮が隠されていたか検証する。
石之坊に再び参詣するようになっていた私に対して、内政干渉を以って意のままに操り、よって筆者の生活を焦土化する狙いがあったと私は見ている。
その目的は、自動二輪計画を押さえつけることで却って燻らせてこだわらせること、鉄道趣味・写真趣味の生活を放り出さない程度に妨害し、闘士気取りをさせて抜け出させないこと、そして日払いという、いわば最低身分に留め置いて二度と浮上させないこと、さらに復讐に遭うことと失脚を防ぐため、以上であろう。
今思えば、機材においても何においても、浮上して更に発展、というところまで来ると必ず何がしかの攻撃を受け、再び沈められたり、振り出しに戻ってしまう、といった事象が何度も起こっている。
しかも、2005年以降においてはその全てが奴の思惑や考え方に一致する形となっているのだ。
恐らく、2009年までも非正規雇用から抜け出せなかったことも、何がしかの力が働いている。
あえて最悪のシナリオを書くが、私が非正規から抜け出すことが敵対勢力にとって気に入らないことなので、それを防ぐべく動いていたのではないかという可能性だ。
確定ではないが、そう考えれば辻褄の合う部分が少なからず存在する。
だが、非正規雇用の終焉という転機を私が迎えたことを感づいた門外漢女は狼狽した。
しかし、私は既に奴に対する態度を硬化させていたので直接は手がけられない。
この頃(2009年秋)、私の中ではすでに「門外漢女=宿敵」という頭が固まっていた。
向こうもそれを気づいていたはずである。
秘めたる敵意を露にすれば壮大な計略も、これまでの努力もすべて水泡に帰す。
だから、顔に出ないよう当たり障りの無いようにしていたのだ。
そこで、私に近いところにいる人間を利用することにした、というより私を操る意図があって予め私に接近させておいたのである。
大塚は東京地区を担当はしていたが、本来東京地区は私のエリアではなかった。
しかも、私に対しては地区長の権限以上のことを大塚はしていた。
明らかな権力濫用であるが、恐らく門外漢が適当な理由をつけて依頼していたのであろう。
そして、根掘り葉掘り聞き出した記憶からとっさに出てきたのが「日払い」であったのだろう。
結果として時既に遅しで、目論見はほぼ瞬殺となった。
しかも、これが遠因となって、後にその壮大なる計略が白日の下となったのだった。
更に壮大な計略もこれまでの「努力」もすべて水泡に帰したのである。
そして門外漢一派は狼狽することとなった。
門外漢女は依頼する前に口八丁で取り込み、依頼に際しては怪しまれないように適当な理由をつけて依頼し、怪しまれると更に適当な理由をつけたり「いいの、皆やってるの」的な事を言い、嘘がばれても更に上塗りして誤魔化していたのだ。
講頭は既に買収済みだったので、すべて黙って見ていたのである。
このため、後の闘争においても講頭は「貴殿のことを思って言ったんだろうが」と言う暴言を以って私に牙を剥いたのである。
今、真実はここまでつまびらかになっている。
これだけのネット社会にもなると、ネット禁止は徹底できない。
隠し事には自ずと限度がある。
火の無いところに煙は立たず。

【ご注意】
本記事は、敵宗門より脱退する以前かつ「聖域なき見直し」以前に執筆された記事です。現在最新の真実並びに見解とは異なる部分を含みますのでご注意ください。
(重篤な箇所については適宜修正しています。)
本記事に関しては、現在の見解と余りにも相違が大きいため、再掲に当たり相応の修正をさせていただきました。

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言い逃れ

あれだけの不祥事(自動二輪圧殺、デジタル一眼スキャンダル、吹聴によるトラブル惹起)を起こしておきながら何故門外漢女が不問になるのか。
そこには、巧言による籠絡と狡猾な言い逃れ、更に買収があると考えるのが自然である。
もとよりこの女は教えを厳格に守るという頭が無く、世俗に固執し軟風にかぶれて迎合する傾向が強かった。
事もあろうか創価系として有名な徒輩の音楽でさえ、そう教えても棄てることが出来ないほどであった。
そのときは私とてその全てを知っていたわけではなかったが、そのユニットは既に創価系として有名であった。
なお、後に判明したことだが横山が口にしていた歌手のうち一人は創価系A社の所属であり、犬HKにも曲が採用されるほどであったから「ガチ」であるといえる。
もう一人も目玉グループのレコード会社だったので可能性はある。
しかも、その歌手当人が後にうっかり本音をしゃべってしまいその本性がばれてしまっている。
そんなものを聴けば「私が私が」になるのは自明の理であったのだ。
ただその点では当時の私も調べが甘かったといわざるを得ない部分があったが、判明すれば片っ端から決別している。
また、最近は創価系であることを隠して何でも出てくるので注意が必要である。
最近の事例だが、犬HKがラジオで某創価系アイドルグループの粉飾満載の万歳翼賛宣伝番組を流した。
2011年5月のことである。
当時は犬HKに対する認識がまだ甘かったので危うく取り込まれるところであった。
しかし、既に大震災後の大きなうねりが始まっていたこともあり、時間はかかったが辛くも免れることが出来ている。
話を戻すが、現講頭は2007年の暮れの年末御開扉の折、たまたま私が持っていた借り物の白レンズ(ググレカス)を指して
「趣味に金を使っている」と誹謗してきたのだ。
これが「レンタル機材誹謗事件」である。
当該レンズは後に保有する(現存せず)ことになるが、当時持っていたのはあくまでレンタルした借り物であった。
今思えばだが、以前から本山参詣時には一眼のセットは持参するのが当たり前になっていて、世話人も見ているはずである。
況して以前には私が総登山の集合写真をやっていたのだ。
それが突如非難を浴びるというのはやはり合点がいかない訳で、誰かが吹聴した、と考えるのが自然である。
ここからは推定になるが、悪い奴は何でも隠れてやるので推定でもやらなくてはいけない。
門外漢女には最早私とまともに対決しても勝てる自信が無かった。
そこで、力のある人間に取り込んで、巧言で籠絡して庇護を得るようになったのだ。
つまり、この段階で既に講頭は籠絡されていた、つまり買収済みであったと考えなければならない。
この時点でそれが解っていれば、石の湯事件後に脱出できていたかも知れぬ。
当時の私は悉く認識が甘く、最悪の事態を防ぎきれなかった。

しかし、その世話人にしても年がら年中私を非難するというわけではなかったので見抜くのは難しかったといえる。
だが、その立場(当時、副講頭兼世話人。後に講頭復帰)で石の湯事件を事後まで知らなかったというのはあり得ないわけで、「私も知らなかった」という言葉に釈然としないものを感じながらも鵜呑みにしてしまったことが今も悔やまれる。
誰かの吹聴で「知らなかった」事になっていたと考えるのが現在では自然である。
それを考えると私もそれだけの事態が起きていながら決心が付かなかったのは痛い。
こうして考えると2010年4月初に問題解決のため立ち上がった折の講頭の暴言・誹謗もこれで説明が付く。
つまり、門外漢の巧言と親近を受けてその軟風にかぶれ、当時講内で勢力を伸ばし力を持っていた門外漢に迎合するようになったのではないかというのが専らの推定である。
300万円の乗用車を何とも思わないのに10万円するかしないかのレンズにケチをつけるというのはやはりおかしかったのである。
ここで、門外漢女が如何様な言い逃れと巧言を使ったかを考察してみる。
先に、自動二輪圧殺事件について。
当該事件のときに奴が使った「バイクは正法じゃない」という言葉。
これを理論(屁理屈)として焼き直したものを使ったのだろう。
「バイクはまともな人の乗り物じゃない(これこそ偏見ではないか!)から正法の敵である」
くらいにのたまったのではないか。
デジタル一眼レフスキャンダルも同じ理屈で
「趣味にお金をかけすぎるるのはよくないので言った」
くらいにのたまったであろう。(これこそ偏見丸出しだ!)
そして、
「**(私の名前)のためを思ってやった」
とでも言ったのであろう。
まさに先の記事で書いたように適当な理由をつけて正当化をしていたのである。
悪い奴の使う典型的な言い逃れパターンでもある。
たかがカメラに100万も200万も使うわけでもないのに…
バイクは十数万使ったかもしれないが、バイクは有用な交通手段である。
しかも、バイクがあればバイクで参詣できる。
カメラは数年にわたって使うものだしレンズは10年以上持つ。
しかし、カメラ、レンズで数年持つのは中級機以上のしっかりした作りのものに限られるし、バイクだって安い物は早く壊れる。
そこで、デジタル一眼スキャンダルにあっては安物買いをさせておいて早期の買い替えを誘発し、銭失いをさせて、更に悪循環に陥れるという念慮があったに違いない。
カメラの知識は無くとも、「安物買いの銭失い」の道理は誰でも知っている。
云うまでもなく門外漢女は「お上」の指示に則ってこのような悪辣な策謀に及んだものである。
2007年以降、機材迷走をきたしてずいぶんと損をした。
が、その背景には「門外漢ら目先の敵対者への憤り」があった。
07年5月、それまで使ってきたカメラを中級機に買い換えることにした。
カメラを買うお金は既にあって、カメラだけ買い換えれば済む話だった。
しかし、そのとき私を迷走させたのは横山らへの憤り(の負の感情のマインドコントロール)だった。
持っていたレンズは、70-200mm F4と28-105mmと18-55mmだった。
もちろん、次のカメラでも使えた。
今まで使っていたカメラを売って、資金の足しにしようと考えていた。
しかし、レンズを査定にかけたところ相当の金額を提示され、迷いが生じてしまった。
そのとき、ショーケースの中にレンズメーカー製70-200mm F2.8があった。
生産終了した新品の残りの特価品だった。
血迷った私はレンズを全て売って買い換えてしまったのであった。
そこから機材迷走が始まったのだった。
しかしてそれから一年半後、SGで機材破壊工作が惹起した。
2007年の失敗以降、懸命の立て直しでカメラは当時の最新型になり、70-200mm F4は70-200mm F4 IS(手ブレ補正搭載)になっていた。
そこで敵の憤激が頂点に達したのであろう。
そして、私が未だに派遣で働いていたことを利用した。
というより、利用できるように派遣からの脱出を防いでいたのであった。
恐らくはSGの連中も、門外漢から見た「お上」によって買収済みだったのだろう。
門外漢は折伏もせずにこんなくだらないことに精を出していたのである。
そうとわかっていて除名はおろか参詣停止にすら出来ないこと自体がおかしいのである。
なお、当時横山がPCで私のサイトを見ていたであろうことは前にも指摘したとおりである。
何故なら、携帯サイトは早々に閉めてしまいPC版だけでやっていたからである。
あれは当時のガラケーでは見れない。
今のスマホとは性能が違いすぎる。

以下に掲げる女は極めて危険である。
・安物買いを煽る
・おだてるのが巧い
・「頭が弱い」を使う、おバカなふりをする
・感情的な行動をする
・特に憤激しやすい
・メディアの流すものを疑いもしない
・やたら情熱だの夢だのを語る
・偏見に基づいた発言や行動がある
一つでも当てはまれば、直ちに決別するべきである。
法華講員か謗法者かを問わずだ。
それと、カメラ・バイクで感情的な行動を取るのは極めて危険である。
他者への憤りはさし措いて冷静になって考えたほうがいい。
感情に任せた行動は後で必ず後悔することになるのである。

【ご注意】
本記事は、敵宗門より脱退する以前かつ「聖域なき見直し」以前に執筆された記事です。現在最新の真実並びに見解とは異なる部分を含みますのでご注意ください。
(重篤な箇所については適宜修正しています。)

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今後の展開について

当ウェブサイトについてはウェブ改編以後迷走が続いてご心配をおかけしていたところである
このたび「新天地からの手紙」は常磐路ウェブからの独立を果たし独自ドメインと共に定住の地を得ることとなった事をご報告申し上げます

半年も空いてしまった理由としては
・前回記事以降、二輪免許取得で多忙を極めた後もさらに闘争や事故療養があり、とても時事どころではなかったこと
・前回記事以降の心境の変化が激しく自分でも先が読めなかったこと
・今後、どのようにしていくか決めかねていたこと
等の事由があった訳である

また、この間にある一つの結論を得ることともなった
それは、
「人間は、結局は与えられた場所でしか生きてゆくことが出来ない」
ということである
与えられた場所というのは、たとえば境涯であり社会への適性であり自らの得手不得手であり自らの出自であったりする
これらを変える事はなかなか難しいのである
しかして、小生もその決められた場所で人生を送っているということである
これが解ったことにより、妄執の一つを諦め決別することが出来た訳である

この国の社会の最大の問題は権力3兄弟の中でもなかんずくメディアであり、それに盲従するメディアスレーブである
メディアに盲従する限りは真の幸福を得ることは叶わないのである

今後に関しては、肩肘張る事無く主に人生論とメディアスレーブの問題を中心に綴ってゆくこととしたい

今後とも新天地からの手紙をよろしくお願いいたします

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