令和新編 シングスピールの回顧録 » 宗教や敵対者について »

粛清から13年

筆者が石之坊から事実上粛清されたのは13年前の4.10である
あれからのこの3年間というのは筆者の人生史上最も厳しい闘いを強いられてきた3年間である
石之坊サイドは筆者の移籍理由を不当にすり替え完全に門外漢女に賛同したのである
このことについては事あるごとに書いて決して風化させないようにしなければならない
筆者は決してこの不正な「移籍」には同意してはいない
だから「脱退」したのである
移籍ではない、あくまで脱退なのである
この粛清の事跡は筆者にとって一つの時代の終焉に他ならない
石の湯事件にしろ筆者に対する追い落としにしろそのところどころに敵宗門一味の影が見え隠れしている
そして、石之坊の門外漢女とSG現場の千ラシ裏女をつないでいたのもこの日有系4宗派に他ならない
なぜ顕正会脱会者を?と思われるかも知れぬが、顕正会脱会者だからこそ利用したのだ
いずれにしても、検証すれば検証するほど門外漢の意向と千ラシ裏女の行動が連動していることがはっきりしている
だから今後の動向には関係なく千ラシ裏女を永代追放としたのである
筆者の情報を不当に抜いて敵宗門に提供したのが門外漢女である
このことは他ならぬ門外漢女の取った行動が証明している
だから門外漢女は筆者を亡き者にせんと躍起になっているのだ
追及されれば反論不可能だからである
門外漢女の罪業がいかほどのものであるか事例を引いて示そう
偽造写真事件において自分の撮った写真を学会に提供して違法行為を推進した椎名法照という脱落層がいた
この椎名法照は平成15年に50歳という若さで死亡している
カルトに情報を提供するというのはこれに等しい大重罪に当たる
その様な徒輩に与同する者も同様である
従って、門外漢集団も千ラシ裏SG集団も大重罪人の集まりであると言える
門外漢女を完全な走狗としていたのが山崎である
もとより奴は創価学会出身でありその曲がった信心でそのまま来たから籠絡されることになったといえる
あの電話口での戦闘における口汚い誹謗がそれを雄弁に物語っている
しかし、筆者は門外漢集団から謝罪の弁を聞けるとは思っていないし千ラシ裏集団の者から脱退者は一人も出ないと思っている
すでに魔の眷属と化しており懺悔は期待できない
筆者は係る隷属からの解放のため解放聖戦を戦った
2010.4.10の終結から13年、吾輩は様々な有形無形の謀略に遭いながら必死に前を向いて再生のための歩みを続けてきた
その度に生活の再生を果たしはしたが、戦災復旧にはまだ程遠いのが現実であり未だ瓦礫の山であるといって差し支えない
解放聖戦前の筆者の姿を望み、或いはそこに引き戻さんとする徒輩は筆者にとっては邪悪なる邪魔者であるということを改めてはっきりとしておかねばならない

SG現場においてはこれまでに書いてきた以外にも、未だ書くことを許されていない数々の事件があり、これらは全て敵が動かしたものであろうというのが専らの推定である
筆者による突然の突き上げに狼狽した門外漢女は口から出任せで地元寺院に移るためにだしにされたかのようにほざいた訳であるがそれは真実とは違う
当時の文書にも門外漢女が理由であることははっきり書いた
電磁波による操作で相応に正確さに欠ける面はあるものの地元寺院云々は一言も書いてないし山崎の手元にもあるはずだ
仮に改竄されるような事があるとしても私の所に原本がある
筆者が門外漢女の除名を要求すると悟った門外漢女はそれを防ぐために理由をすり替えさせて筆者を粛清するように迫った―
そしてあの粛清があったのだ
また、門外漢女の法統相続がうまくいっていない事を窺わせる文言が最後の石之坊月例紙にあったのだ
奴が筆者の粛清を急いだ理由の一つとして、この時点でかかる不幸な結末を覚悟しておりそれを筆者に知られたくないがためという専らの推定がある
いずれにしても、門外漢女の都合だけで筆者を地元寺院に飛ばすという結論になったのであり、端から結論ありきだったのが石之坊サイドだったのである
ともかくこの粛清によって筆者は石之坊を脱退し解放聖戦はひとまず終結となった
筆者と門外漢女は水と油であり共存は不可能であることをあらゆる指標が示している
後述のSG現場の事と併せ、解放聖戦は不可避であったと云える
筆者に敵対する集団の徒輩はその8割が女である
この事にも悪しき狙いがあるのである
それは、筆者に女不信を植え付けそれを堅固にするという奸計である
最初からそうだった訳ではない
始まった当初は門外漢女と千ラシ裏女くらいのものだった
いずれにしても門外漢女は当初から一家の存続を潰えさせる奸計を以て筆者に近づいたのである

SG現場での四年間は歴史には残してはいけない四年間である
先のエントリで出会いではないと書いたのはこの事を指してのものである
そもそもあの場所自体が筆者にとっては不本意だった
そして何よりも不本意だったのは自動二輪計画の圧殺で本山から遠ざけられ違うことに現を抜かさせられたことである
たとえそれが自分の趣味のことであってもだ
前にも書いたと思うがあの圧殺の目的は筆者を本山から遠ざけるためであったのだ
それと同時に法統相続に資することを妨げるためでもあった
端から見れば意味不明の「バイクは正法じゃない」発言は為にするまやかしの産物なのである
それも筆者をバイク通勤できない非正規の現場に縛りつけて洗脳をやり易くするためだったのだ
その計略によって七年の歳月を空費することとなった
今にしてみれば千ラシ裏女は創価女子の典型的なパターンに当てはまっていた
なんと言ってもその狡猾さ、そして面食い振りがそうである
一見八方美人的なところも含めてだ
その出身地もカルトの一大勢力地である
このカルト女子振りは風化させてはいけない
しかもこの女は超の付くアイドル好きであった
でなければF5とか早見とか出てこないだろう
早見というのは例の青い粛清女のことだ
千ラシ裏女から見れば同じカルト教団の仲間な訳だ、どちらも
そういうよしみだったのか
売れる奴、取り上げられる奴は決まっている
そんなものに何の価値があるものか
だから同じ穴の狢だと云うのである
SG現場は何もいいことは無く弊害ばかりであった
まず、非正規であったこと
非正規はどこまでも非正規である
派遣を脱出することは当然考えていた
しかし、それを察知した敵によって潰えてしまったのである
これだから派遣はやるもんじゃない
次に、筆者には向いていなかったこと
年数を重ねる毎に付いていけなくなったのともとより体育会系とは合わないのだ
千ラシ裏女は体育会系好き。こういう溝は埋められない
大粛清に端を発した第一次解放聖戦の終結から13年
当時の不本意さとは比べるべくもないが本来あるべき状態には未だ程遠い
いかんせん空白の17年は大きいに過ぎるのだ

あの粛清から13年、筆者は必死に前を向いて歩いてきた
片や敵対する集団は今日まで筆者を貶めることばかりに精を出してきたのだ
現実にあの後生活の再生を果たすまでには相当の時間と労力を要している
ガスライティングの要諦は一に就業及び収入妨害、二に孤立化、三に社会的信用の失墜になる
敵はその全てを企んでいたのだ
そうしてターゲットを貶め狂わせて破滅せしめるのがガスライティングである
ガスライティングについて書かれた洋書の副題にある
「How to drive your enemy crazy」
という一文がその狂った考え方を如実に表している
大げさと考えるのはこのご時世に楽観的に過ぎる
その気になれば誰でも出来てしまうところにその恐ろしさがあるのだ
Tの件はSG現場の連中にガスライティングのネタとして利用されたがそれは真心ではなく計略で成そうとしたのが悪かった
何であれ、そういうやり方は人心を悪くするということだ
それは自分で蒔いた種に他ならない
所詮SG現場など濁悪に染まり切った連中の集まりだと何故解らぬか

分断された今日の状況は石の湯事件に代表される数々の計略があったことによるものである
徒に煽り立てておきながらいざサイトが出来るとあらぬ言い掛かりをつけて争乱に持ち込むという悪辣なマッチポンプ(煽り立てる側、仕向ける側と言い掛かりをつける側が同じ、グル)はまさに為にする、けしかけるための計略であり、謀略に対する免疫のないことを知ってやった邪悪な汚いやり口であり断じて許しがたい
しかもその動機は筆者に対するガスライティングの邪魔になっていたからという、極めて許しがたい追い落としである
それでいて自分だけ幸せをつかもうなどという傲慢さ、加えて相手の怒りまでも手玉に取って利用するというのは極めて邪悪な悪魔の所業に他ならない
ノせられたら最後、敵の思う壺なのだ
だから敵は何としてもけしかけてノせようと躍起になるのである
2007年5月20日事件も同じ方程式の下にカネの無い状態で参詣せざるを得ないように仕向け、そして受付で罵倒して恐喝を働いた典型的マッチポンプ事犯である
これが見抜けていれば石の湯事件は防げたとも云える
門外漢一味の起こしてきたほとんどの事犯は斯様のマッチポンプ事犯だからである
まやかしと追い落としで得た横浜地区長の椅子には一銭の価値すら無い
石之坊人事の停滞が明らかな一方で筆者所属寺院は広布の使命に向けて磐石の体制を確立している
それを人は現証というのである
粛清から13年が経った今、あの粛清の当時の不本意さとは比べるべくもないが本来あるべき状態には未だ程遠い
このような状況で何かを作ろうとすることを拙速という
その拙速を狙って失地回復を妨げようと躍起になっている不届き者がいる
斯様の徒輩は無慈悲に粛清する他ない
門外漢一味に対する裁きは近いと断言する

13年前の4月10日に大きな粛清があったのだが今や風化させてはならない節目のひとつになっている
焼け野原同然だったあの頃
戦災復興は未だ半ばであるが
焼け野原同然の状態は解放聖戦終結後一年近く続いた
しかし、そこから僅か一年強で自動二輪計画を奪還しそして生活の再生を果たした
よくぞあの焼け野原から立ち上がったものだ
だがそれを面白くない敵一味は筆者を始末しようとした
始末に失敗すると電磁波による操作で筆者を撹乱しようとした
持ちこたえていると電磁波ガスライティングで操作されてあの忌まわしい事件が惹起した
あの場にあって筆者を貶めようとした両名は間違いなく洗脳されている
その後も電磁波ガスライティングによる混乱が三ヶ月続いた
そこから辛くも逃れたのは真の神の力に他ならない

生活の再生には筆舌に尽くし難い苦労があった
反消費主義への転換、そして信心第一への転換の取り組みがあった
更に直近では刷り込まれたものの排除粛清、悪習の排斥、アイドルなどの全面的禁止の取り組みを行った
そして、何より重要だったのは交際統制である
子孫繁栄は重要であるが、拙速はならない
今は未だそこまで境涯が上がっていないと一家は決している

筆者は未だ戦災復興の途にあってまだまだ蓄積をしなければならない
この状態で何かを作る愚を冒すことはできない
失地回復の重要性を無視して隙あらばねじ込もうとする徒輩は筆者にとっては失地回復の敵であり邪悪なる悪魔でしかないことをはっきりとしておく必要がある
斯様の徒輩は無慈悲に粛清することとなる旨通告する
一見鮮やかにも見えかねない生活再生には地味かつ地道なる数々の取り組みがあることを努々忘れてはならないのである

(これより2023年加筆分)
その後、筆者は2015年1月10日に敵宗門より脱退
今日に至るまで、不倶戴天の敵共との闘争を繰り広げている
そんな中、新たな石之坊人事が発表され竜神ひろしと門外漢女が役員を降ろされていたことが明らかになっている
流石に新住職もこのままではまずいと重い腰を上げたのであろう
このことからも、敵宗務院が何とかして石之坊を浄化せんと躍起になっていることが窺え、奴等が完全に追い落とされる日も近い
更に、龍神に至ってはお見合いを断られる(笑)事態にまでなっているがそこで信心が間違っているとはならなかったようだ
そろそろブロックと行くかね?
現在、既にほとんどの日本女はブロック処分となり女尊男卑のヘルミサンドリストは一掃されている
吾輩も早53歳、最早どうこういえる歳ではないが吾輩にはプライドと矜持というものがあり相応しくない輩は排除するのみである
敵宗門一味によって誘導され貶められた薄汚い辺境の地からの脱出は絶対命題であり必達である
それが成し遂げられて初めて、敵宗門一味の目論見が崩れたとすることが出来るのだ

カテゴリー:宗教や敵対者について
この記事のURL:https://historia.singspiel.jp/weblog/blog-entry-260.html

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です